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大阪高等裁判所 昭和31年(う)1605号 判決 1957年2月22日

控訴人

被告人 関谷健 外一名

弁護人

坪野米男

検察官

臼田〓太郎

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人等両名の弁護人坪野米男の控訴趣意第一点(被告人関谷健関係)について。

原判示第一(一)の事実は、その挙示の証拠により、これを認めるに十分であつて、原判決の事実認定には何等誤の点はない。所論は徒らに原審の採証を非難し、単に原判決が証拠に基き認定した被告人関谷の暴行行為の否定を前提としているに過ぎないばかりではなく、本件は何等府会議場入場の資格のない被告人等教職員組合員及び自由労働者組合員等が不法にも府会本会議を中止させんがため、開会中の本会議場にちん入しようとしたものであるから、素より正当な団体交渉権又は団体行動権に基く、ないしは正当な目的を以てする適法な行為とは到底目し得ないことは、論を俟たないところであり、しかも同議場の秩序保持のため、議場出入口の整理の任に当つていた府会事務局議事課職員が、被告人等のちん入を阻止しようとして、内部から強力に押していた議場西出入口扉を、外部から押し又は突いた上右職員数名の顔面を順次手で突き上げる等した行為は、社会通念上も暴行に当ること、従つて公務執行妨害罪を構成すること、並びにかようにして強いて議場に入場することが住居侵入罪を構成すること多言を要しないところである。所論は理由がない。

同第二点(被告人上田芳郎関係)について。

原判示第一(二)の事実は、その判示の証拠により、優にこれを認めるに足る。所論は被告人上田の本件行為は斎藤君子の生命身体に対する現在の危難(同女が扉に足を挾まれたこと)を避けるため、己むを得ざるに出てた行為で、典型的な緊急避難行為である。原判決は斎藤君子が足を挾まれた原因は自ら招いた危難だから緊急避難を許すべきではないと判示しているが自招危難と雖も緊急避難を認むべきものである。しかも本件の場合は自招避難(自ら招いた危難を自ら避けるための法益侵害)にも該当しない。即ち被告人が他人である斎藤君子の自ら招いた同人の危難を避けるため、己むを得ざるに出てた行為であるからであるというのであるが、原判決挙示の証拠によれば、斎藤君子が扉に左足を挾まれた原因は何等入場資格のない被告人等組合員が結集して、府会本会議場に殺到し西出入口より開会中の議場に押し入ろうとするのを阻止するため内側より府会事務局議事課職員数名が協力して同入口の扇を外側に向つて、強力に押していたのに、同扉外側から突き又は押し、かようにして内外から互に扉を押し合つていた際に、被告人等と行動を共にしていた斎藤君子の左足が右扉に挾まれたものであることが認められるから、斎藤君子が扉に足を挾まれたのは、同女の独り自ら招いた危難ではなく、被告人等の共同行為に因り招いた危難と認めるほかはなく、全然被告人の招いた危難ではないとはいゝ得ないものである。従つて自招危難ではないという論旨は採用できない。しこうして、かような事態(危難)の発生は前叙のように被告人等において右扉を排して強いて議場に押し入ろうとし、議事課職員等においては、これを阻止しようとして、内外から互に強力に該扉を押し合つていたのであるから、被告人等としても、全く予想できなかつた事柄でもない事が容易に推認できる。さすればかような情況の下において、なされた被告人の本件行為、即ち被告人が斎藤君子の前示危難を救うためとはいえ、右扉はめ込みの硝子を強打してこれを損壊し、その硝子の破片により、内部において、被告人等のちん入を阻止していた府会事務局議事課職員等に傷害を加えるに至つた行為を以て、これを己むことを得ざるに出でた緊急避難行為として、その刑罰責任の阻却を認めることは社会通念に照らし許されないものと解すべきを相当とする。蓋し、刑法第三七条において緊急避難として、刑罰を科せない行為を規定したのは、公平正義の観念に立脚し、他人の正当な利益を侵害して、なお自己の利益を保つことを得させようとするにあるのだから、同条はその危難が行為者の有責行為に因り生じたものであつて、社会通念に照らし、己む得ないものとし、その避難行為を是認することができない場合においては、これを適用することができないものと解すべきであるからである。(大正一三、一二、一二、言渡大審院判例参照)従つてこれと同趣旨に出た原判決の法律解釈にも誤りの点なく、所論は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により、本件各控訴を棄却すべきものとし、当審における被告人上田芳郎の国選弁護人に支給した訴訟費用の負担免除につき、同法第一八一条第一項但し書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 山本武 判事 小川武夫)

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